2018年末

色褪せたカード

 クリスマス。
 オウキョウにおいてそれは、誰かが始めた年末商戦のことを指す。
 元々は、遠い国の宗教が関わっているらしいが、オウキョウではプレゼントを贈ったり、家や店舗にイルミネーションの飾りつけをするイベントという認識だ。
 モルタワでも、毎年この時期になると中央の吹き抜けに、『クリスマスツリー』と呼ばれる、飾り付けされた木を模した巨大ホログラムが表示される。
 十二月二十四日、クリスマスイブ。今日は恋人と過ごす日とも言われているが、昨日振られたばかりの俺には、関係のないこと。
 今日も今日とて、俺――小里ユウヤは、トノヤマ電池でバイトの真っ最中だ。

 
「ピク、クリスマスツリーになってよ」
「そういう機能、ナイ!」
 値付け作業をしていると、隣の店、マキモト商店から声が聞こえてきた。マキモト商店の店主、コウさんと、彼女のコンパニオンロボット、ピクの声だ。
 仕事中だというのは分かっているが、今日も全然お客は来ない。……ちょっとくらいなら、油を売ってきてもいいだろう。
 俺は店長の目を盗んで、ふらっと店を出て左に曲がる。すると、イルミネーションで色とりどりに光るモルタワのホログラムツリーを、店のカウンターから眺めて黄昏れているコウさんと目が合った。
「コウさん、一人クリスマスイブっすか?」
「そういう君も、彼氏や彼女と過ごさないの?」
 ……コウさんに痛いところを突かれる。
「やー、昨日別れちゃって。薬学部って、結構試験期間とかガチでキツいから構ってやれないんすよ」
「そりゃ残念。それじゃあ、そんな君にはこれをあげよう」
 コウさんはカウンターの中から厚みのある紙を出してきた。
「なんすか、これ? 色褪せた……紙?」
「こうして組み立てれば……と。ほら、クリスマスツリー」
 俺がコウさんから受け取ったのは、厚紙でできた、手のひらに乗るサイズの真っ白なクリスマスツリー。かなり古いものらしく、紙の表面は淡いクリーム色に変色している。
「これ、コウさんからのクリスマスプレゼントすか?」
「まあ、そういうこと。昔、こういうのを郵便で送るのが流行ってたんだって。実はこれには面白い仕掛けがあるんだけど……。」
 コウさんが言いかけたところで、
「こら、小里! 仕事はどうした!」
 というバイト先の店長の怒声が聞こえてきたせいで、俺はコウさんの言葉を最後まで聞けないまま、店に飛び帰ることになってしまった。

 俺のバイト先、トノヤマ電池の店長は、無口だし怒ると怖い。毎日、どの型番の電池がどの棚に入っているのかを叩き込まれているが、数も種類も膨大すぎて、なかなか把握しきれない。バイトは俺一人だし、愚痴る相手もコウさんくらいしかいない。それでも続けていられる理由はただ一つ。……ここは、時給がとんでもなく良いのだ。

 怒鳴られて店番に戻ったが、やっぱり今日は大してお客も来ないし暇だった。
 仕方なくコウさんに貰ったクリスマスツリーを眺めていると、ツリーの足元に『PUSH』と書かれたボタンがあることに気がつく。コウさんが言っていた『面白い仕掛け』とは、これのことなのかもしれない。
「あれ?」
 強く押し込むが、何の反応もない。
「えらく懐かしいクリスマスカードだな」
「うわっ! サボってないっすよ!」
 いつのまにか、背後に店長が立っていた。俺はとっさに弁解するが、どうやら怒ってはいないようだ。
「ボタン電池が切れてんだろ。多分LR44だ。二分以内に探してきたら、一個タダでやるよ」
「……。」
「どうした?」
「今日の店長、優しいっすね」
「無駄口叩けるくらいだ、楽勝だな?」
「いやちょ、まっ」
 珍しく太っ腹な店長に驚いたが、多分見つけられなかったら怒られる。俺は慌てて棚に駆け寄り、小型電池の入った引き出しを開けた。だが、どうやら今日はツイているらしい。即座に目的の電池を発見することができた。
「店長、これっす!」
 俺は意気揚々と、見つけた電池を店長に手渡す。
「普段からこれくらい早く見つけられたらいいんだが」
 電池を受け取った店長はそうぼやきながらも、紙製のツリーから器用な手つきで基盤を取り出した。
「やっぱりLR44だな。この手のカードによく使われていた電池だ」
「やっぱ店長は凄いっすね。一目見ただけで分かるなんて」
「この程度、すぐ分らないと仕事にならないからな。……ほら、出来たぞ。ボタン押してみろ」
 電池交換を終えたツリーを受け取ると、俺は早速PUSHボタンを押し込んだ。
 すると、チープな電子音が音楽を奏で、音に合わせて白いツリーが青白く点滅し始める。
「今やホログラムで派手なメッセージが簡単に送れる時代だ。お前からすりゃ、古臭いだろうな」
「いや、なんかいいっすね。ホログラムと違って、物理的に触れるし。……なんか、あったかいっす」
「……そうか」
 コウさんに貰って、店長に電池を交換してもらったカード。
 俺はこのツリーに対して、宅配会社のロボットから通販を受け取る現代にはない、
ほのかな温かさを感じたのだった。