2019正月

嵐の前のお正月

 お正月。
 年始のショッピングモールといえば、初売り、福袋、人だかり。
 それは、下層の有名チェーン店だけではなく、上層の闇市でも変わらない、のだが。
『今日限定、割れた水晶詰め合わせ福袋だよ!』
『各年代で揃えたボールペン福袋、安くしとくよー』
『研げば使える! 錆び有り高級包丁、今日限り70%オフ!』
 など、一体誰が買うのか疑問な呼び込みの声も良く聞こえてくるのが、闇市らしいところだ。
 闇市には居酒屋も多いため、正月早々から営業しているのか、朝早くから酔っ払いの叫び声もしてくる。
「今年も相変わらずだなぁ」
 カウンターに頬杖をつきながら、私、蒔本コウは行き交うホバーバイクを眺めつつ、空中に浮かぶピラミッドAIをつついて遊んでいた。
「今日も営業か?」
 そう話しかけてきたのは、深緑の服を身に纏った腐れ縁の男。ハケイン鉄道の若社長、波形ヒロキだ。彼の父であり会長のヒロノブさんとは、私がモルタワに来る前から交流があるので、彼とも長い付き合いになる。
「社長も年始からお疲れ様。さっきからホバーバイクで往復してるのは見てたよ」
「年始は羽目を外す輩が多いからな。警備を増員しているとはいえ、油断はできん」
「でも、この階は静かなもんでしょ? 年末年始は休んでる店がほとんどだからね」
 お世話になっている隣のトノヤマ電池も、年始は実家に戻るとのことで、毎年この時期になるとシャッターを下ろす。元々騒がしい店の少ない八十一階は、モルタワ全体における年始の喧騒に比べれば、比較的静かだったりする。
「どの店舗も、この階と同じくらいしめやかに営業して欲しいものだ」
「社長、私のとこには愚痴に来たの? なんなら、高額商品を買って行ってくれてもいいんだよ?」
「高額商品、今なラ10%オフ!」
 ピクの後押しもあり、社長もその気にな……るはずもなく、彼は眉間を押さえて大きくため息をついた。
「冷やかしなら帰ってよ? ただでさえ、社長がいるとお客が寄り付かないんだから」
「失礼な……と言いたいところだが、確かに長期滞在は営業妨害になりかねないな。ただ、私は冷やかしに来た訳ではない。会長から君への伝言があるんだ」
「伝言?」
 最近の会長は、血縁関係も無いのに私を孫のように扱ってくれる。もしかして、お年玉とかくれるんだろうか。
 社長は一つ咳払いしてから、その伝言を伝えてくれた。
「コウちゃんは元気かいな? 今年も商い頑張りやーって、伝えといてくれ。……と、今朝何度もせがまれたよ。ボケ老人の戯言ではあるが、一応な」
 残念ながらお年玉の支給ではないらしい。とはいえ、商売の応援を貰えるのは素直に嬉しい。
 会長はこの地方の古い方言で話すけれど、さすが息子。会長の訛りの再現度も高い。彼も学生の頃はかなり訛っていたのだけれど、社長に就任してからは、方言を控えているらしい
「ありがとね。会長が年始から元気そうでなにより」
「なにヨリ! なにヨリ!」
 私が嬉しそうにしていると判断したのか、ピクも陽気に回転してくれた。
「さて、そろそろ次の予定の時間が迫っている。商売の邪魔をしてすまない」
「会長のありがたいお言葉も貰えたし、別に気にしてないよ。モルタワ創設者のお言葉だし、ご利益があるかも?」
「……相変わらず呑気なものだな。では、今年も健全な営業を心掛けたまえ」
 そう言い残すと、社長はホバーバイクに跨り、下層へと消えていった。
 『健全な営業』というのは、社長の口癖だ。
「健全ねぇ」
 彼があれだけ口酸っぱく『健全』と言い続けるのは、これまで沢山の『不健全』な営業形態を目の当たりにしてきたからに違いない。
 それは、営業時間を守っていなかったり、お客とのトラブルが絶えない店のことなのかもしれないし、もっと得体の知れない、邪悪なものを目の当たりにしたからなのかもしれない
 けれどそれは、私には関係のないこと。なぜなら私は、誰よりもまっとうな営業を心掛けているからだ。
 だから今年も、ピクとモルタワのみんなとで、平和にのんびり暮らすのだ。

 ――二〇六〇年一月一日。その日の私は、ただひたすらに平穏を望んでいた。