オウキョウ2020

晴歴《せいれき》二〇二〇年、オウキョウ。
謎の少女メリッサと、放浪の便利屋ハヤの珍道中序章。

 キトヨウ駅の改札前は、むせ返るような人ごみだ。駅前カフェのテラス席をなんとか確保した俺は、美人なウェイトレスのお姉さんのナンパには失敗したものの、そこそこ美味いカプチーノにはありつけた。
「まさかここまで人が多いとはな……。」
 どうやら何かの祭りの日とバッティングしたらしい。浴衣を着たカップルがやたらと目につく。
 しかし、約束の時間を三十分過ぎたにも関わらず、依頼人の姿は見えず、連絡もまだ来ない。
「首都からキトヨウまでの交通費、結構痛かったんだがな……。」
 依頼をすっぽかされること自体には慣れている。女は気まぐれとも言うし。まあ、性別なんて関係なく気まぐれな奴は気まぐれなのだが。最近は依頼をすっぽかさないような子をうまく厳選していたつもりだったが、どうやら今回は俺の見る目がなかったようだ。

「か、も、めーの、すいへいさん」

 ふと、どこかで聞いた童謡がかすかに聞こえてきた。女の子の声だ。
 数メートル先に、ひょこひょこと動く白い水兵帽。どうやら声の主は彼女らしい。

 §

「おじさんがハヤですか?」
 水兵帽を被って歌っていた少女は、あろうことか俺に話しかけてきた。しかし、仕事の勘が言っている、こいつはややこしいやつだ。無視するに限る。
 だが、どうしても聞き捨てならなかった。
「……誰がおじさんだって?」
「ふむ、じゃあ少年ですか?」
「どこをどう見たら少年なんだ」
「難しいですね、やっぱり“お兄さん”が適切ですか?」
「そうだな。あと俺はハヤじゃなくて羽山だが、お嬢さんは一体誰だ?」
 目の前で何度も首を傾げる少女。俺が待っていたのはビデオ通話で喋った美女の依頼人であって、こんなぼんやりした水兵少女ではない。
「私は……どんな名前が似合いそうですか?」
「は?」
「まだオウキョウのパブリックイメージとか、掴めてなくて。ハヤさんはこの見た目の女の子なら、どんな名前だと思いますか?」
 ……彼女は何を言っている。電波系? しかし、もしかすると依頼人の姉妹か娘かもしれないので、あまり馬鹿にしていると後で痛い目を見るかもしれない。
 青っぽい髪に水色の瞳。オウキョウ系の血でないことは確かだ。ただ、話し言葉は流暢なので、育ちはオウキョウである可能性が高い。外国っぽい名前に憧れるお年頃だと仮定して、喜びそうでなおかつそれっぽい名前は……。
「そうだな……“メリッサ”ってのが、しっくりくるかもしれない」

 §

「じゃあ、私は今からメリッサです」
「おーおー、似合ってるよ。それで? なんで嬢ちゃんは俺の名前を知ってるんだ?」
「私が依頼主なので」
 腰に手を当てながら胸を大げさに反らせ、誇らしげに言う少女。いやいや、そんなわけがあるか。俺の依頼人はメガネのよく似合う美人の女性なのだが。
「貴方に依頼したのは、キトヨウ在住の飯塚ナナミ。これが彼女のスマホで、こっちが財布。残念ながらメガネは顔と一緒に潰れちゃったので回収できませんでしたが……。」
「潰れた?」
「はい、今朝車に轢かれてしまって」
 うっかりしちゃいました、と口にしながら笑顔でいる少女が不気味で仕方がないが、俺はなんとか頭を回転させる。
 そもそも質の悪い冗談であるのが一番いいが、血縁関係のある相手が死んでこの反応、というのはよっぽど関係が歪んでいるか、あるいは彼女が加害者側か……。依頼人である飯塚ナナミと、目の前の少女は髪色も瞳の色も似ているので、血縁関係はあると思うのだが。
 にこにこしている彼女を横目に、俺は自分のスマートフォンでキトヨウの今日の交通事故を検索する。……横断歩道に突っ込んだ暴走自家用車。死者2、重体3。死者のうち一名はキトヨウ在住の二十代女性。この女性が飯塚ナナミ本人で、少女の持つ私物が飯塚ナナミのものであるならば、とりあえず俺がやるべきことは一つ。
「……お嬢ちゃん、家族がいなくなって混乱してるのかもしれないが、俺との約束なんてすっぽかしてもよかったんだぜ。とりあえず、一緒に向こうの警察署に行こうか」

 §

「いや、警察はちょっと」
「多分混乱してるだけだから、な?」
「警察に行くならあのことをバラしますよ?」
「お? 俺の弱みか? 何でも言ってみろ」
「例えば、普段から移動の運賃を結構ちょろまかしてることとか、知ってますよ」
 少女はそう言いながら、俺にスマホの画面を見せてきた。確かに金に困ったとき(年中困っているが)にそういうことをした覚えもあるというか、まあ、常習なのだが。
 スマホの中には、俺が改札を無理矢理潜り抜けている映像がいくつも入っていた。確かにこれは俺本人だが、監視カメラの映像ではなく直接俺の姿を撮影しているもの。どういうことだ? これはわざわざ俺を探して盗撮したってことか?
「こりゃ、どういうことだ? 俺を脅してるのか?」
「ある意味、そうなるのかもしれません。前にもショクシツ? ってのを受けてややこしくなりかけたので、警察は嫌いです」
 ……色々と疑問が増える一方だが、確かにこの映像を提供されるのは困る。
「……それで、お嬢ちゃんは俺に何を望んでるんだ?」
 彼女は、依頼人が死亡した可能性があり、なおかつそれが自分自身だと言っていて、しかも俺の弱みを握っている。
 分からん。この子は一体俺に何をさせたいんだ?
「何って……ビデオ通話で依頼した時に言ったじゃないですか。私は、とある男の所持品を抹消したいんです」

 §

 ――俺、羽山キヨヒコは、ソロの便利屋として、網戸の修理から犯罪の証拠隠蔽まで幅広く請け負っている住所不定の成人男性である。
 職業柄、色んなところに目をつけられている身でもあるが、のらりくらりとやり過ごし、面倒すぎる事には首を突っ込まないようにしながら、好きなように人生を謳歌している。
 ……これからも、そのつもりでいたはずなのだが。
「それで、その抹消したい所持品ってのは何だ?」
 どう考えたって、目の前の少女は危険だ。不正乗車の映像が流出したところで、俺はこれまでに依頼を通じて殺人以外の数多の行為に手を染めているし、大したダメージではない。さっさと依頼を破棄して、この場から離れるべきだ。
「おお! ようやく受けてくれる気になりましたか!」
 ……だが、保身よりも好奇心が勝ってしまった。
 だってそうだろう? 
「俺を脅してまでやらせたい仕事ってのに、少し興味が湧いてきたんでね」
 俺がそう口にすると、彼女は満足げに笑い、依頼の詳細について語り始めた。

 §

「ハヤにも分かるように説明すると、我々は、この世界に存在してはいけないものを回収しています。それがあると、この世界に良くないのです」
「いきなり世界規模の話か、大胆だな」
 両手を広げて大真面目に説明する彼女が怒らないように、適当に返事をする。しかし、一気に胡散臭くなってきたな……。
「確かに今回回収するものは、使い方を間違えなければ人が死んだりはしませんけど、小さな火種が、やがては大きくなっていきますから」
「……それで、その回収するものってのはどういうモノなんだ?」
「発光する定期券サイズのカードです。それがあれば、電子制御であればどんな扉も”開くことができる”んです」
「そんな魔法みたいなカードが存在するとはにわかには信じられないが……それで、それは、お嬢ちゃんのものなのか?」
「はい、我々のものです」
「ワレワレね……。」
 そりゃすごい!……と、素直に信じられるほど夢見る年頃でもないので、一つ仮説を立てることにする。男の所持品である魔法のカード。もしかするとそれは、子供の間で流行っているSFだかファンタジーだかの作品のトレーディングカードかもしれない。何か事情があってそれを盗まれて、取り戻したい……。うん、実に子供らしい願望だ。
「……つまり、男からお嬢ちゃんのカードを取り戻したい。それでいいんだな?」
「間違いありません!」
 そう口にした彼女は、やはり子供らしい笑顔を見せたのだった。

 §

「あの男か?」
「あの男デス」
 商店街の大通り。外国人観光客の多いその人ごみの中に、そいつはいた。”男”といってもそいつは少年で、鞄も持たずに七分丈のズボンを履いて、ポケットに手を突っ込みながら俯き気味に歩いていた。
「顔、ちゃんと見てないけど分かるのか?」
「あのカードを持ってさえいれば認識できますから」
 嬢ちゃんの体にはレーダーでも搭載されてるのか? 突っ込もうと思えばいくらでも突っ込みどころはあるのだが、まああの小僧をとっ捕まえてからでも遅くないだろう。子供の喧嘩なら仲裁してやればいい。
「あの男、足が早くて捕まえられないんですよ。飯塚ナナミは運動不足でしたし、まして今は体も小さくなってしまったから、尚更です」
「まるで自分が飯塚ナナミだったような口ぶりだな」
「だから、そうだったと言ってます」
 ……そろそろ俺も嬢ちゃんの言動にも慣れてきたのか、少年を尾行しつつも彼女の言動に驚かなくなってきた。我ながらなかなか適応能力が高いのではないだろうか。
「……っと、ゲームセンターに入るみたいだぞ」
 少年がゲームセンターの自動ドアを潜ったのを見計らって、少し距離をおいて彼を追う。エスカレーターを上った少年は、ロボット大戦ゲームの筐体に座ると、ポケットからカードを取り出した。ホログラムのような加工がされているのか、妙に輝くそれを筐体のタッチパネルらしき部分に置くと、電子マネー的な役割をしているのか、小銭を投入することなく少年はゲームを開始した。恐らくあれが、嬢ちゃんの目的のカードなのだろう。

 §

 無限にゲームで遊べるカード。確かに子供が欲しがりそうなものではある。店内では電子マネーでお得に遊ぼう、といった内容の宣伝が引っ切り無しに流れているので、近頃のゲーセンでは小銭を投入するより電子マネーのほうが主流なのかもしれない。
 ……もしかするとチャージ式のプリペイドカードについてお嬢ちゃんは詳しくなくて、無限に遊べる魔法のカードだと勘違いしているのか? まあ、後は少年に話しかけさえすればはっきりすることだろう。……タダでアホなことに付き合わされている感覚は拭えないながらも、俺はロボットがエイリアンをなぎ倒していく画面を辛抱強く見つめることにした。
「おい、ちょっといいか?」
 少年の座っているゲーム画面に”コンティニュー”と表示された瞬間、俺は彼の肩を掴んだ。
 びくりと跳ねる体。そして、即座に視線がタッチパネルの上に置かれたままのカードに移った様子から、少なくとも件のカードが純粋にこの少年の持ち物ではないことだけは分かった。
「このカード……うわ、暴れんなっ!」
 俺がカードについて口にした瞬間、少年はカードを握りしめ、一目散に逃げだした。
「ハヤ! 追いますよ!」
「あいつ、ゲーセン通いの割に足速いじゃねーか!」
 さっきまで俯いてとぼとぼ歩いていた少年だとは思えない俊敏さに驚きながらも、俺とメリッサはゲームセンターのエスカレーターを駆け下りていく少年を追い駆け始めた。

 §

 ゲームセンターを出て、横断歩道の人込みに紛れる少年の背中を追う。時々見失いそうになるものの、メリッサが不思議と少年のいる方角を教えてくれるので、なんとか距離を詰めることができた。少年が最後に駆け込んだのは、ビルの隙間の小さな路地だ。
「おい、何で今日に限って開かないんだよ!」
 少年はビルの裏口の扉に向かって、件のカードを必死にかざしていたが、どうやらうまく扉が開かないらしい。お陰でようやく追いついたので、少年の手からカードを奪い取ってメリッサに投げて渡すと、振り返った少年の両肩を掴んで扉に押し付けた。
「電子制御であればどんな扉も開くことができる、か」
「な、何の話だよ! 離せよ!」
 俺が少年を押さえつけているドアは施錠されているようだが、ドアノブに鍵穴もあるし、扉の素材も年季が入っていて、少なくとも電子制御には見えない。少年がドアを開ける手段としてあのカードを使用したということは、お嬢ちゃんの言う”電子制御であればどんな扉も開くことができる”カードというのは、あながち全部嘘っぱちという訳ではないのかもしれない。
「お前、あのカードをどこで手に入れたんだ?」
 ちらとメリッサを見ると、彼女はカードの状態を確認しているのか、カードを両手に持って、空にかざしながら黙って見つめていた。
「何だっていいだろ!」
「その口ぶりだと、やっぱり自分のモノってわけじゃなさそうだな?」
「お、お、俺のだよ!」
 強がってはいるものの、少年は全身が震えている。あんまり虐めると泣き出しそうで厄介だなと思い始めたところで、黙っていたメリッサが急に口を開いた。
「ハヤ。もう彼は解放していいです」
「いいのか? まあ確かに、尋問しろという話じゃ……って、おわ!」
 彼女の意外な一言に気を緩めた瞬間、少年は俺の腕を振りほどき、一目散に逃げて行った。
「どうやら彼は本当に、拾っただけみたいです。度々いろんなものにかざして、使えるかどうか試していた形跡が残ってました」
 少年が去った後、メリッサはカードを見つめながら安堵している様子だ。ゲーセンや勝手に扉を開くといった行為は、彼女にとっての”悪用”には該当しないのだろうか。だが……。
「……何に使ったかってのはどうやって確認したんだ? お嬢ちゃん、さっきからカードを見つめてただけだと思うんだが」
「カードに聞きました」
「……聞いた俺が馬鹿だったか」
 両面が七色のホログラム加工が施されているように眩く輝やいているカード。かつて普及していたプリペイド式の磁気カードのように、裏面に使用履歴が記載されている訳でもなさそうだし、一体どうやって……。
「ああ、もしかしてスマホにかざして使用履歴が分かるタイプのカードか?」
「スマホ? あれは電力で駆動してるので関係ない……って、あれ?」
 メリッサはワンピースのポケットに手を入れて、何やら焦りだした。左右にあるポケットをひっくり返しても何も出てこないところを見ると、どうやらスマホを落としたらしい。
「おいおい、スマホ探しまで手伝ってらんねーぞ……って、おい、お嬢ちゃん、財布は?」
「どうやらどっちも落としたみたいデス」
「おいおい……。」
 走り回ったとはいえ、正直なところ、財布もスマホも同時にポケットから落ちたとは考えにくい。スリに遭った可能性が高そうだ。
 まあ最初から期待はしていなかったものの、タダ働きが確定したことでどっと疲れが全身を襲う。
「俺は今日一日何をしてたんだろうな……。」
 集中力が切れて、眠気が襲ってくる。もう疲れた。とっとと宿を見つけて横になりたい。
「どうやって生活すれば……。」
 どうやら目の前の少女も、流石に財布とスマホの紛失で、意気消沈してしまったらしい。
 結局彼女の素性は分からず仕舞いだが、両親や親族はいないのだろうか。……いや、もう関わるな。俺はもう疲れた。晴歴《せいれき》二〇二〇年の世では、野垂れ死ぬほうが難しい。彼女もなんとかなるはずだ。
 ……だが最後にこれだけははっきりさせておきたい。
「財布を落として落ち込んでるとこすまないが、ここまで付き合ったんだ。このカードが本物かどうかだけ確認させてくれないか」

 §

 俺は手始めに近くのデパートに入り、電子施錠らしき扉を探した。トイレの横にスタッフ用の搬入口を発見した俺は、メリッサに借りた光るカードを、扉のドアノブ付近にかざす。すると、確かに施錠が外れるような音がして、扉を開くことができた。
 お次はゲームセンター。ゲームの筐体に設置されたICカード置き場にカードを置いてしばらく待つと、確かにゲームを遊ぶことができた。
 もしかすると……と、コンビニでキャッシュレス決済やクレジットカードとして使用しようとしてみたものの、当然店員に不審がられた上、レジのシステムも混乱したのかエラーが頻発してしまったので、あらぬ疑いが掛けられる前に現金で支払い、退散した。残念ながらそこまで魔法のカードではないらしい。彼女曰く、「そのカードにはきっと複雑なお金の計算は出来ない」とのこと。相変わらず理解はできない。
 ゲームセンターのビデオゲームが「扉を開く」に該当するのが妙ではあるが、お嬢ちゃんによればこれは”電子制御であればどんな扉も開くことができる”カード。金勘定は難しいと言っていたが、扉が開けるなら、もしや。

「ハヤ! そろそろ返してください」
 背後からの彼女の声は聞こえないふりをしつつ、俺はキトヨウ駅に戻ってきた。改札でカードをかざすと……残高表示が真っ白になったものの、とりあえず改札をくぐることには成功した。本当は数駅乗って出られるか試したかったのだが、メリッサが改札の向こう側から怒っているのが見えたので、丁度電車の到着で改札に殺到してきた人々に紛れて、再び同じ改札にカードをかざす。するとさっきと同じようにバーが開いて、彼女の下に戻ることができた。切符を使用している場合、同じ改札から出ようとすると止められることがほとんどだが、このカードの場合は同じ改札でも出ることが出来るようだ。推測でしかないが、あくまでもこのカードは”扉を開ける”ことに特化しているのかもしれない。
 ……まあ、いずれにせよ。
「メリッサ、ありがとな」
「はい。本物だってことは分かったはずです。取り返してくれて助かりました。だから、そろそろ返してくれますね」
「いや、俺はこれを報酬として納めさせてもらう」
「……ハヤ。それを貴方に渡すわけにはいかないです。そんな真似をするのなら、不正乗車の証拠を……あっ」
「それの入ったスマホは落としちまったよな。おまけに財布も無いときた。飯塚ナナミが来ないなら、俺に対する報酬はどうなる」
「それは……。」
「疑ってたが、どうやらお嬢ちゃんの言う通り、このカードは使えるみたいだからな。別にちょっとしたことにしか使わないから心配するな。じゃ、またどこかで会おう」
 俺は早口でそう告げると、カードを再び改札にかざしてホームへ走る。俺の中で筋は通した。タダ働きをするわけにはいかない。よし、合法だ。
 カードの入手を脳内で正当化し、俺は嬢ちゃんをほったらかして新幹線に乗り込んだ……!